月夜見 “さくら切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


 毎度お馴染み、グランドジパングのお城下は、別名を“花の都”と言っても良いほどに、四季折々に豊かなまでの花々が咲き競う町としても有名で。千年桜に菖蒲園、寺には紫陽花、神社には椿に枝垂れ梅などなどと、町のあちこちに百花のうちの何かが必ず顔を見せてる、何とも華やかな町でもあって。ご城主様や町の顔役のお声掛かりな祭りだけじゃあなく、例えば朝顔市や盆栽市だって、毎月何処かで必ず催されている。丹精込めた自慢の鉢を競い合う品評会の棚が設けられたり、それを囲んでの植木屋たちが寄り集い、これから育つ苗を売っていたりもし、そこへと足を運ぶ客が目当ての屋台も出ての大したにぎわい。今日は寺前の沿道に、季節の端境にいつも開かれる盆栽の市が立っており。即席のむしろ屋根を設けた長い雛棚には、町内の腕自慢が育てた大小さまざまな鉢が並んで盆栽通の眸を楽しませ。そこへと巡る道筋には、植木屋さんが多数並んでの店を出し、これからの季節にはというお薦めの苗やら、遠くは京の都からのという名のある銘鉢を売り出しておいで。
「♪♪♪〜♪」
 そんな市のにぎわいの中。掏摸やかっぱらい、置き引きなどなどが出ないようにという巡回に…というのは建前で。どっちかというとにぎわいを見物しに来たような風情のままに、キョロキョロしつつ参道をとぽとぽと歩いておいでなのが。赤い格子柄の着物を尻はしょりしての紺ぱっちも鯔背な装い。お城下で最も有名な岡っ引きの、麦ワラのルフィ親分ではありませぬか。盆栽だの庭いじりだのという奥の深い嗜みはまだないものの、人が集まってのにぎやかなのは大好きだし、出店屋台の食べ物がまた楽しみでしょうがない。とはいえ、今はまだ着いたばかりなのでと、一通りの巡回を始めたものの、

 「あれ? おじさん、それ、売らないって言ってたんじゃなかったか?」

 通りすがったのが一軒の出店。郊外に小さな庭つきの店を持つという、気の善さそうなおじさんが一人で切り盛りしている、言ってみりゃ“出張店”であり。初日にあたる数日前からこっち、ルフィ親分とも声を掛け合う間柄。お弁当にと広げてらしたお重箱が気になって…というのが切っ掛けなのが、何とも親分らしかったのだが、その時から色々とお店にまつわるお話も聞いていて、
「のれん分けしてもらったときに先代からもらったと言ってたじゃねぇか。」
 だから大切なんですよと、売るつもりもないまま値札もつけず、それでも傍らに置いときたくてか持って来ていた古梅の鉢。このところの陽気が不順なせいだろか、何だか様子がおかしいのを気にしてた。でも、
「それには思い出もあるから、どんなに手がかかっても手放さないって。」
「うん、そう思っていたんだけれどねぇ。」
 どうしようかと迷っているかのような、いやさ困っている世なお顔になってる店主のおじさんは、誰だかお客さんと向かい合っており、
「こちらさんがね、これへ気を取られてしまって他の鉢への集中が利かなくなっちまったらば、この子にも他の子にも可哀想なんじゃないかっておっしゃってね。」
 さして派手ではないが趣味の善さそうな着物を着付けた、人の善さそうな、いかにも“好々爺”という雰囲気の初老のおじさんが、親分へも軽く会釈を見せて眸を細めて微笑っておいで。
「これは親分さん、こんにちは。いえね、この子は以前に私が世話してた梅とよく似ておりましてね。」
 やっぱり大病をしたのをずっとつきっきりで世話して、何とか本復させたのをつい思い出しちまった。そんな間の商いは放りっぱなしにもなったのを覚えていてねと、しみじみ語ってくださって。柔らかいお声での説得には、植木屋のおじさんもつい、このお人なら大切に見取って来れるんじゃあとほだされたのに違いない。とはいえ、

 「…おじさん、この鉢、何か匂うぞ?」
 「匂う?」

 苔とか堆肥の匂いじゃあないのかね? ああでもそんなに使っちゃあないはずだけれどね。そんなふうに言うおじさんへ、ん〜んとかぶりを振って見せ、
「なんだか甘い匂い、砂糖の匂いだぞ、こりゃ。」
「砂糖?」
 そんなものを足すと滋養がつくのかい? さてねぇ、工夫を色々とするお人もおいでだそうだが、ウチはそういう奇抜なことはやらないと。首を傾げ合っていたところが、間に挟むようにして掲げて眺めていたその鉢をむんずと引っつかむ手があった。

 「え?」

 え〜い埒が明かないと、ヤケを起こしたらしいのは、

 「あんたはっ!」
 「この鉢はどうあってもあたしがいただくよ。」

 大人しく待ってたはずの好々爺のおじさんだったが、今見直せば、無理からこじ開けた目元ははっきりと大きくなっており、
“さては…。”
 糊を溶いての顔や手へ塗り、乾いて突っ張るのをしわがあるよに見せての誤魔化していたらしく、
「こんな木っ端に何金もかけてる奴らの気が知れねぇ。小遣い銭で買えると思って隠したのに、なんで五金もするかねぇ。」
 懐ろへと引き寄せた鉢を抱えたまんまで、ひょいっと大きく後ろへ飛びのき、
「弱ってしまやぁ売り物にはならなくなるかもと、酒やあめ玉、次々に突っ込んでやったが、そんでもそっちの爺さん手放そうとしやしねぇ。」
 それで業を煮やしての説得にかかったんだがなと嘯
(うそぶ)きながら、幹をぐっと掴みしめ、鉢から引き上げた彼であり、
「な、なんてことを…やめとくれっ!」
 立派な根ではあるけれど、今は弱ってもいる樹だ。乱暴をされたらますますのこと、萎えてしまうに違いなく。店のおじさんが悲鳴を上げ、ルフィがますますのことその表情を尖らせる。
「お前っ!」
「あたしが欲しかったのはこっちの方でね。」
 梅をポイと肩の向こうへ放った彼が、古めかしい焼き物の鉢の中、土をほじって引っ張り出したのは小さな包み。それへこそにやりと満足気に笑って見せてのそれから、まだ土の残る鉢をこちらへと放った男へ向けて、

 「待ちやがれっ!」

 さては盗っ人が盗品を勝手に一時預けにしてやがったか。そんな事情なら尚のこと、許しておけるはずもねぇ。袖をまくっての怒りの形相もおっかなく、握った十手をお天道様に煌かせ、ルフィ親分、逃げる盗賊を追いかけにかかる。
「待てっ!」
 何を盗んでの隠したいたずらなのかは問題じゃあない。ただ、あんなに気のいい、正直者の植木屋さんを騙そうとし、大切な鉢を傷めただけじゃあなく、それを何の値打ちもないように扱ったのが許せない。
「絶ぇっ対に謝らせてやるっっ!!!」
 ここの藩じゃあそうでもないが、お上
(おかみ)の都合でころころ変わるらしいご政道や正義なんて理屈は知らないし、ほんの何銭ほどをちょろまかした空き巣を追っかけてって、大きなお店の門口を叩きつぶしたこともある破天荒な岡っ引きだが。それでも苦情より人気の方が高いのは、彼もまた曲がったことが大嫌いな正直者だから。なので、彼が捕物にかかっていることに気がつくと、周囲に居合わせた町の人たちもササッと道を空けての協力してくれるのがセオリーだったりするほどだ。
「待てったら待てっ!」
 ただ、今の今 問題なのは、とんでもない雑踏の中だということ。まちっと道幅に余裕でもあれば、行き交う人のほうでも察してくれての、通る道を譲ってくれようが。ただでさえ押し合いへし合いしているような混みようの中、強引に突っ切ってった先手が素っ転ばした人もいて、満足に進めないままどんどんと間合いが広がってくばかり。

 「ちっくしょうっ!」

 こうまでの混みようでは、自慢のゴムの技も他に巻き添えを出すこと請け合いなので、とうてい繰り出せやせず。見えてはいるのに届かぬ相手、それへと向こうでも気づいたか、ざまを見ろと言わんばかりに肩越しに振り返った顔があざ笑ったのがますます憎い。

  ―― ところが。

 ここ1年ほどは、この親分さんが窮地に陥ると必ず微笑む女神様…ならぬ、仁王様がいらっしゃる。歯咬みをするばかりなルフィ親分の見ていた先、品の善さげだった和装の裾を大きく翻しもって駆けていた盗賊が、再びこちらを見やってそれから、前をと見やったその間合い、

 「え?」

 そやつの視野を黒々と覆ったものがあり、ばっすんとぶつかったそのまま、その身が埋まった広い広い壁こそは。

 「お? 何だなんだ、お前様。そんな慌てて一体どうしたね。」

 あんまり無体な駆けようをすると、魂が置いてけぼりになるというよ? そんな素っ惚けた物言いをして、自分の胸元へ飛び込んで来たチンピラ盗賊の襟首をむんずと掴んで見せたは、

 「ゾロっ!」

 裾が擦り切れ、少ぉし煤けた墨染めの衣は、雲水という流れ者の僧侶のいで立ち。袖丈も足りぬか、肘の近くまでが剥き出しのつんつるてんとなった装束の、そりゃあ雄々しくも精悍な、野にあって頼もしいお坊様。親分とは殊に懇意にしてなさる、ゾロとかいう坊様が、逃げを打ってた泥棒をそれは見事に取り押さえてしまわれた。
「は、離しやがれっ!」
 ひょいと吊り上げられた盗賊が往生際悪くもじたばた暴れたって、びくともしない強靭さは相変わらずに格別で。ようやっと人込みをかき分け終えての近くまで、辿り着いたる親分が、
「すまねぇな、坊さん。」
 大きに助かったと笑って見せるのへ、何の何のと鷹揚そうに笑顔を返す。後で判ったことだったけれど、こやつが盗んだのは藩主ご用達の仏具屋へ、修繕にと預けられていた金むくの仏像で。小さなお厨子へ収められる程度、書家の使う印璽みたいな可愛らしい大きさだったから、盆栽植木の鉢へと紛れ込ませての、素知らぬお顔で捕り方が駆け回っている中、とっとと逃げ出せたらしかったものの。さあ取り戻そうとしたところが、夜中には店主がわざわざ持ち帰ってしまってる気に入りの代物。売る気はないらしと来ては、さりげなく買って取り戻すことも叶わぬまま。このままでは地元へ持って帰られてしまうだろうし、その間にふっと気づかれての見つかっては元も子もなくなると焦ったあまり。盆栽を弱らせて捨て値で売らせようという段取りをしいたものの、それでも手放さないようなので、とうとう本人が掛け合ってみせようぞと今日のあの運びとなったらしい。
「さあさ、きりきり歩めよ。」
 品が品だけにと同心のゲンゾウの旦那がまかりこし、捕り方へ引っ立てさせての引き取ってくださったのを見送って、さて。市のにぎわいも元通りの活気に塗り潰されつつある中を、少し避けるようにして足を運んだのが、屋台の居並ぶ通りから離れた裏路地の一角。人出の多いところにはお布施をくださるお人も多かろと、そうと思って出て来てただけだと笑った坊様に、
「…うん。」
 だろうなという相槌を打ちはした親分だったが、
「? どうしなすったね?」
 恥ずかしそうに口元ほころばせ、何というのか、そのあのね? 何かしら言いたいことがお有りなような、でもあの、なんてのか。物怖じしちゃってて、なかなか口に出しては言えないというような。強いて言うなら、そんなような含羞みの態度を見せておいでの親分さんであり。…って、肘までの腕まくりという威勢のよさを見せての、待ちやがれっと盗賊を追っかけてた勇ましさは、何処さ行っただ親分さん。片やは片やで、

 “…くそー、可愛いじゃねぇか。/////////

 十手持ちがそんな顔すんのは不味かねぇか? うかうかしてっと不貞の輩に攫われっちまうぞと、こちらさんもどうかしてないかという見方でお相手を見やっているから、まあお相子かも知んないが。
(こらこら)


  ―― あんなあんな、
      さっきの奴が坊様のココんトコに飛び込んだの見て、
      ちょっち“あっ!”て思っちまってさ。


 広くて深いは太平洋…じゃあなくての、そりゃあ頼もしい懐ろ胸板へ。ばふっと飛び込んでおりましたね、そう言えば。
「ここ、か?」
 堅いばっかだぜと言って、大きな手のひらでポンポンと叩いて見せれば。
「〜〜〜。/////////
 例えるならば、大好きな飼い主さんが愛犬へやって見せた“おいでおいで”みたいなもので。うう〜〜っ////////と唸って真っ赤になった小さな親分さん、何を思ったかその懐ろから再び銀に煌く十手を取り出すと、

  「こんのゆーわく坊主、御用だっ!」
  「はい? わっ、どわっ!」

 そりゃまた何だと訊きかけたのとほぼ同時、せーので飛び込んで来た小さな肢体。不意を突かれても揺るがない頼もしいさは、ますますのこと親分さんの御心を射止めてしまったらしくって。

 「凄げぇ〜、いい匂い〜〜。////////
 「そっかぁ? あんま風呂入ってねぇんだぜ、俺。///////
←あっ

 ごろごろにゃんvvと、腕だけでは足りないか足まで回してそりゃあ懐いた親分さんを抱えたまんま、微妙にうれしそうなお坊様でもあったようで。そんな彼らの頭上には、高く泳ぐやこいのぼり。皐月の恋、実るといいねと、大きな真鯉が朗らかに笑ってござったそうですよ。



  
HAPPY BIRTHDAY! TO LUFFY!



  〜Fine〜  08.5.05.


  *やっぱ、BDものといったらばの親分さんですが、
   この二人もまあまあ、一体いつになったらくっつくものか。
   とりあえず、ぎゅむと抱き着かれても悪い気はしない坊様らしいですvv
   もうひと押しだぞ、親分さんっ!


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